惣譽酒造株式会社

場所の記憶

2017
87
Mon

事務所と住宅を再建するにあたり、古民家を移築したらどうか、という提案が建築家の先生からなされた。歴史が刻まれた古い建物が造り酒屋にはふさわしい、という考えからである。どこか近くに、売りにでていたり、人が住んでいないような物件はないだろうか。そこで、数ヶ月、近くの工務店に声をかけたり、実際に取り壊しの現場に行ったりして探してみたが、これだという物には行き当たらなかった。

ある日、傾きかけた我が家を見ていて、「そうだ、うちも古民家だ。」と、気がついた。そのまま使うには傷みすぎていて無理だけれども、建具や木組みの壁など、活かせるものもありそうだ。いままでこの建物で過ごしてきた記憶を新しい建物に嵌め込んで作ることができるかもしれない。早速、先生に連絡して、見に来ていただいた。事務所まわりの引き戸と倉庫に使われていた木組みの壁を保存して、新しい建物に使うことになった。

現在の事務所の収納には、細かい縦桟が入ったガラスの引き戸が使われている。この細かい縦桟が、昔の手仕事を思わせて、いい感じである。そして、建物西側の外壁には、木材を縦横に組んだ板壁が貼られた。古い倉庫の解体の時に番号を振って部材を保存し、組み直して板壁を再製し、コンクリートの壁に貼ったものである。黒っぽい色合いや、ちょっと虫食いの穴があったりして、時を経た壁がよみがえった。

 

昔から受け継がれてきた家具のなかで、ひとつ、とても古くて大きくて、家族のなかでの思い出のある物があった。近江水屋箪笥である。主人の子供時代には、「おやつの棚」と呼んでいたそうだ。金網の張られた戸が付いた棚に、おやつが仕舞われていて、そこから楽しみな物が子供たちに振る舞われたのであろう。古い食器も沢山入っていた。河野家は明治のはじめに、滋賀県からここ栃木県に移ってきた日野商人である。この箪笥も、滋賀県から運ばれてきたもので、近江地方の台所に置かれる食器棚であった。これを、新しい建物のどこに置いたらよいのだろうか。食事をしたり、料理をしたり、そういう部屋に置くべき家具である。古びてはいるが、謂れのあるものなので、人に見せて、話をしてもよい。そこで、来客用試飲室として使っている、大谷石の石蔵に置いてみようと思い立った。

栃木県北部の大田原市に、とても腕の良い家具屋さんがいて、彼に相談してみた。石蔵に置くならば、化粧直しをしたほうが良いと言う。磨き直して塗装をかけ、金物を取り替え、内部の板も新たに入れて、リニューアルしてもらった。ちょっと、きれいになりすぎた感があるが、これからまた、時を重ねていけばよいのである。また百年後には、古びてくるであろう。来客に、惣誉の一家の来し方を話すときに、一役かってくれている。