惣譽酒造株式会社

酒造夜話

犬の散歩

2017
619
Mon

柴犬のクンちゃんとの散歩の時間は、思い出がいっぱい詰まったすてきな時間である。彼がうちに来てから亡くなるまでの11年の間、ほとんど毎朝毎夕、近所の田んぼのあぜ道や川辺の道を、白いお尻とふさふさした巻き尾を見ながら、どちらかと言えば散歩をさせているのではなくて、散歩に連れて行かれている飼い主として歩いていた。

惣誉の蔵がある市貝町上根というところは、関東平野の北部、広々とした空と田畑が広がる美しい地方で、大きな木のウロに、トトロが住んでいそうな林もある。一番きれいな季節は、たぶん春。田植えが済んで、小さな稲が植わった田んぼの水面に青空が映り込み、新緑の木々を照らす日差しが眩しい、春。 田んぼの水のなかに、カエルが卵を産んで、それらがオタマジャクシになり、やがて小さなアマガエルとなり、畦の草むらに上がってくる。クンと歩くと、私達が通っていくそばから、ポチャンポチャンと小さな水音がする。田んぼの脇の草むらには沢山のアマガエルがいて、私達の足音に驚いて次々に田んぼへ飛び込んでいくのである。クンは少しも気にせずに、鼻先を草に近づけながら忙しく歩いて行く。しかし、これが「ヘビ」となると、話は違う。なぜかクンはとてもヘビが怖い。色々なものが怖い臆病な犬だけど、特にヘビはお嫌いなようだ。黒っぽい木の枝が道に落ちていても、「ヘビ!」と言って(言わないけど)吠える。飛び上がって避ける。子犬のころの何かトラウマがあったのかもしれない。カエルがこれだけいるのだから、ヘビも結構頻繁に出会う。天気の良い日には道路のアスファルトの上にも、ニョロっと背中を干していたりする。

 

キジの「キェー、キエー」という鳴き声に驚かされて立ち止まると、茶色いキジの母親とヒナたちが麦畑の脇をトトトトっと走って行く。そこから目を逸らさせようと、色鮮やかな雄のキジが反対方向に走り出る。子育て中のキジの、必死な姿である。キジは狩猟のために離されたものが禁猟区に入り込んで繁殖したものなのだそうだ。畑の広がるところを見渡すと、雄は深緑色の身体に赤い頭で大柄なので、すぐに数羽を見つけることができる。それにも増して、鳴き声が本当に大きいので、「キジも鳴かずば撃たれまい」ということわざの通り、すぐに見つかってしまう。こちらは、クンは至って無関心だった。

 

 

冬。雪はひと冬に三回か四回積もる位の、乾燥した地方だが、数少ない雪の日の真っ白な平原というのはとてもきれい。犬も寒さに強いので、ちょっと歩くのが大変でも、雪の日は楽しみに散歩にでかけた。普段歩いている道と畑や田んぼの境目がわからない位に積もったことがあって、その真っ白な誰も踏んでいない畑の中の雪の上で、二人で(ひとりと一匹)でポクポクと走リ回って遊んだ。しばらくして、雪が溶けて通りかかると、足跡がいっぱい土の上に残っていた。(作物はもちろんない時期でしたが・・・)

 

大切な相棒との散歩には、娘や息子も同行してくれることもあって、家のなかではゆっくり話せないことも、歩きながらしみじみ語れて、とてもいい時間だった。

あの黒い深い悲しげな目と、ふさふさの巻き尾が、バタバタしてなかなか彼のそばに来れない飼い主をじーっと待っていた庭先。

彼がいなくなって、こうやって彼のことを書けるようになったのは、少し思いが薄くなって、忘れることができているから。 それでもまだ、一人で散歩していると、クンがついてきているような気がして、嬉しいような、寂しいような、やはり寂しいままです。クンちゃん。